しばらく前のことになりますが、ネズミと百島を訪れました。原口典之さんの追悼展が開催されているということでしたので、ART BASE百島を初めて訪問しました。原口さんとは大学の演習でいらっしゃった時に、数回飲み会をして、そのときに横須賀の話をしたり(助手さんが私のことずっと横須賀出身と勘違いしていたから爆)恋や宇宙の話など普段滅多に話さないことを話したようなそういう思い出があります。
そして、ART BASE百島に着くと、なんと今年の3月にHIGURE17-15casで知り合ったインホウさんと再会しました。私が参加していたグループ展の後にインホウさんが所属している小沢研究室の展示で搬出と搬入が同じ日だったので、その時お話をしたのです。インホウさんに島を案内していただきました。感謝です。
ちなみにネズミとインホウさんは不思議な縁があり、数年前インホウさんがテレビの取材をうけてるときに、ネズミがバスで後ろを横切っていた。だから、HIGUREで初めてお会いしたときに「ネズミがバスで横切ったときにインタビューを受けていた方」とインホウさんを記憶していた私は、テレビ番組の中ですれ違っていた二人(その距離約20m)を見ていた私としては、二人が百島で会うことになるとは、これまた映画みたいだーーーと思ったのでした。映画「恋する惑星」を思い出したけど、これは、原口さんが好きな映画だった。原口さんとその映画の話とか人と人とがすれ違うときにおこる宇宙レベルの摩擦のことも話したんだ、、、
展示を観た後、フェリーまで時間あったんでダシタコ食べてフェリーの待合室でフェリー担当のおっちゃんと世間話。
それが、フェリー乗り場の担当してるおっちゃんと話してたら、おっちゃんがスマホを持って外に行き帰ってきたら「同級生がネズミと話したいといってるんだけど差し支えなければ話してもらえんか?」っておっちゃんがスマホをネズミにパスし、ネズミがフェリーのおっちゃんの同級生と話してた。どうやら、おっちゃんの同級生は百島出身で30年間茨城で勤めて退職後にまた百島へ戻って来たそう。私達が龍ヶ崎から来たと言ったら、 おっちゃんが同級生に電話して同級生が茨城は第二の故郷だから懐かしいぜひお話したい、と言ってくださったようで会話に至る。
百島にいる見ず知らずの方と電話で茨城のことを話すという不思議。というか、フェリーのおっちゃんのネットワークがすごかった。尾道ラーメンのこととか、島のイノシシのこととか、成城学園前の土地情報のこととか芸能界のこととか色んな情報教えてもらった。
翌日、おっちゃんの知り合いが経営している尾道らーめんを食べて、呉へ向かいました。
呉には「ガンス」という練り物を求めに。ガンスは広島の名産なので、いたるところにありますが、練り物業界のレジェンド三宅水産へ行ってみたかったのです。呉については、天王星が移動する際に出会った双子座の友人の故郷であることと、私の作品が入っていたビニル袋(誰が入れたのかはわからない)が呉にあるバターケーキで有名な菓子屋さんのものだったということと、ネズミの甥っ子くん(自衛官)からの情報しかありませんでした。初めて訪れる呉は私の父の実家がある街(平塚)と母の実家がある街(小岩)とネズミの育った街(木更津)と助手さんが私の出身地であると違いしている街(横須賀)を一遍に思い出すようなところでした。
三宅水産の女将さん方もとても優しい方で、練り物もどれも美味しくて素晴らしかったです…おでんの時季だったのですが機会があれば今度はおでんもぜひ求めたいと思います。
その後市内へ移動し、広島ゲンビで展示したときにお世話になったオリエンタルホテル広島へ。
なぜか受付でスーペリアツインに変更可と言われ、市内パノラマが展望できる最上階の部屋に移動しました。
その後は猫の道や、原爆ドーム、厳島神社などを訪れましたが、全て工事中というタイミングでここでもトリプルコンジャンクションのしるしを見かけたのでした。(私の気高い精神の理想像である横浜マリンタワーも改築中です)
印象的だったのは、宮島大願寺についたとき、一番最初に目に入った光景。
鹿が、柵を飛び越えた。
3000mSCの選手のように柵を跳躍した鹿は、その先で落ち葉を集める神主さんの箒の動きをしばらく見守ってからどこかへ行ってしまいました。私はしばらく呆然としていたのですが、そのとき、星を見ることはこういうことなのだなと確かに思い出したのでした。
ちなみに、大願寺に着いたとき、ネズミのもとにも驚くことが。
ポケモンGOでラプラスが出現、しかも色違い!ネズミは初めての色違いラプラスだったので嬉しそうでした。
その後帰ってからバタバタしてたため気づいたのが遅くなってしまいましたが、キャリーケースにつけていたイルカのキーホルダーがいなくなっていることに気づいた。。。どこかへ旅打ちにいったのでしょうか。。。。
おまけ
タイトルの「古本」と「呉服」について
広島を車で走っていたら「古本」と大きな文字で書かれた建物を見つけました。そのとき「あのお家は表札が随分大きいね」と話したら、その建物は、古本(フルモト)さんのお家ではなく、古本屋でした。それから、ショッピングモールのフロア案内で見かけた「呉服屋」の文字。「呉の服屋さん」だと思って訪れたら「ごふくや」でした。普段だったら、きちんと読めるのに、移動によって普段と違った風に呼んでしまう文字が多々あります。次回の記事では、一度出来るようになってしまったことが出来なくなるときの心構えについて書く予定です。